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石川県穴水町は、令和6年能登半島地震における公費解体事業において、被災した6市町の中で唯一、2025年10月末時点で公費解体率100%(合計2,811棟の工事、公費解体2,752棟、自費解体59棟)を達成した(※)。
(※)参照:「加速化プランに基づく公費解体の進捗状況(令和8年5月末時点)」p1,石川県https://www.pref.ishikawa.lg.jp/haitai/documents/20260605_kouhikaitai_shinchok.pdf
発災直後の情報遮断やインフラ寸断、タイトな予算執行といった自治体が直面した様々な障壁に対し、同町役場は「宣誓書方式」の採用や窓口の「事前予約制・一本化」といった前例にとらわれない運用の変更を決断することで、これらを乗り越えた。
さらに、穴水町の公費解体を担当した株式会社宗重商店が平時から日常業務で使い慣れていたANDPADによる確実な情報共有とデータ蓄積が、行政側の審査プロセスにおいて、誤解体0件の確実な施工品質の担保と、迅速な支払管理という成果へ繋がった。
本記事では、穴水町役場の職員である田中洋伸さんと、宮城県山元町からの応援派遣職員である門間直人さんへのインタビューを通じ、自治体側の動きに焦点を当てた災害への備えと、平時からのデジタル活用の本質的な価値について紐解いていく。
インフラ寸断のなか手探りで立ち向かった初動の奮闘
2024年1月1日に発生した能登半島地震。当時、課の編成からわずか9カ月しか経過しておらず、災害廃棄物処理をメインで動かせる穴水町役場の職員は、課長補佐の田中さんただ一人という体制であった。発災直後、現場が直面したのは物理的な孤立と情報の遮断であった。

石川県穴水町 環境安全課 課長補佐 兼 危機対策室次長 田中洋伸さん
田中さん: 震災が起きる前の年に、防災局と交通安全、廃棄物、防犯、環境関係、まちの財産管理などを担当する部署が統合して環境安全課が編成されたばかりでした。そのため、災害廃棄物処理関係をメインに担当できる役場の職員は私一人きりという状態だったのです。
発災直後は役場内も完全に停電し、電話も通じず、外の状況が全くわからない情報遮断の状態が続きました。毎日、町長を本部長とする災害対策本部会議が開催され、そこに自衛隊や環境省などの関係機関が集まって情報共有を行っていましたが、そこでしか私は外の情報を得られませんでした。
災害廃棄物に関しては、環境省の方が1月2日の夕方に、道路が復旧していない中を車で役場まで駆けつけてくださり、まずは地震で崩れたものを一時的に受け入れる仮置き場の開設から、手探りで動き出すことになりました。その後は体制を整え仮置き場は1月18日から開設して受け入れを行いました(※)。
このような状態の中で、田中さんは避難所対応や避難所の衛生環境維持(仮設トイレの汲み取り管理など)といった住民の生活に直結するインフラの調整業務を担っていた。
田中さん: 穴水町内には、し尿処理を行える民間企業が1社しかありませんでした。そのため、避難所などに設置された大量の仮設トイレを町内だけで処理することは困難でした。ありがたいことに、福井県敦賀市や富山県入善町、新潟県など他県から日々3〜4台の汲み取り車に応援に来ていただいていたのですが、毎日来る企業様やご担当者が異なるため、現場へのルート案内や処理のルールの説明を、毎朝私が一人で行わなければなりませんでした。
その説明を受けるために、私を待つ企業の方が役場の前にずらっと長蛇の列を作ってしまい、毎朝その対応に時間を要していました。避難所のごみ回収を担っていただいた企業等への対応も同様でした。
し尿処理を担当してくださる企業の方は遠方から来ていただくので、穴水町に到着するのは午前10時頃で、午後1時に穴水町を出発しなければいけないなど、時間の制約もありました。また、毎回来てくださる企業様も異なるので引継ぎも難しく、なにか情報共有できるツールがあれば良かったと感じています。

「宣誓書方式」の採用と、窓口の「事前予約制・一本化」への転換
穴水町役場はこれまでの行政ルールや運用の慣習を変更する、二つの重要な決断を実行に移した。これは、平時の慣習に縛られていては期限内の解体完了は困難であるという、組織としての強い危機感に基づくものであった。
決断①:相続人全員の同意を不要とする災害特例「宣誓書方式」の導入
第一の決断は、公費解体を本格スタートさせる上で課題となっていた「宣誓書方式」(※)の採用である。被災地の一刻も早い復旧・復興のためには、解体作業の早期実施が必要だ。
共有者等の意向を確認することが困難な場合に、所有権等に関する紛争が発生しても申請者の責任において解決する旨の書面(いわゆる宣誓書)を市町村が申請者から提出を受けることにより、公費解体・撤去を行うこと。ただし宣誓書活用の条件は、共有者等に対する意向確認の状況や家屋の状況等を総合的に考慮しやむを得ないと考えられ、申請者からの公費解体・撤去申請に対して共有者等から異議が出る可能性が低いと考えられる場合となる。
参照:環境省「タイムラインによる公費解体のポイント(詳細)」p6,https://policies.env.go.jp/recycle/disaster_waste/archive/r06_shinsai/efforts/pdf/r06_shinsai_info_241023_02.pdf
田中さん: 4月に公費解体をメインとした応援職員が4人来てくれて、準備や受付を本格的に開始しましたが、相続人が複数にわたる場合の権利関係の確認手続きが極めて大きな負担となっていました。通常の行政ルールでは、建物を解体する際、所有権を持つ人全員の同意書が必要です。しかし、相続登記がなされていない古い家屋の場合、権利者が金沢、東京、大阪など全国に10人以上散らばっているケースも珍しくありません。
戸籍を追うだけでも膨大な時間がかかり、全員の居場所を突き止めて同意書を郵送でやり取りしていたら、それだけで何カ月も解体に着手できず、石川県が設定した令和7年10月という解体期限に間に合わなくなってしまいます。地震で公費解体するとなると、大切な我が家を「残すのか、解体するのか」という、住民の方々にとって非常に重いご決断を伴うことになります。行政の確認手続きでこれ以上遅れを出すわけにはいきませんでした。
2025年4月1日、宮城県山元町から中長期応援派遣職員として穴水町環境安全課に合流した係長の門間直人さんは、外部の視点から当時の現場が抱えていた構造的な課題を指摘する。門間さんは東日本大震災当時、山元町の職員として商工観光の部署から急遽支援物資の担当となり、その後も介護保険、社会教育、防災教育、語り部の育成に10年間携わってきた経歴を持つ。

石川県穴水町 環境安全課 係長 門間直人さん
門間さん: 私の前任にあたる応援職員が、自ら町長へ直接提案を重ねて導入をすすめてくれました。それが、災害時の特例として「わたしがこの建物に責任を持ちます」という代表者一人の同意書のみで解体を認める「宣誓書方式」の採用です。4月から半年間取り組みを続け、先が見えないという状況の中で、(私が合流する前の2024年)9月にこの方式の採用を決断しました。この決断によって、8月以降に宗重商店さんも班を増やしたタイミングと重なり、公費解体の進捗速度の加速につながりました。
「本当にこの方法を適用すべき罹災者なのか」――現場は常に自問自答し、状況に細やかに気を配り続けていた。一人ひとりの想いとスピードを両立させる。そのギリギリの舵取りに挑み続けた職員たちの矜持こそが、公費解体を加速させる原動力となっていた。
決断②:被災者の心のケアと窓口のパンクを防ぐ「窓口の事前予約制・一本化」
第二の決断は、罹災証明の受付や公費解体の申請における、「窓口の事前予約制と一本化」だった。被災した住民への丁寧な対応と、限られた人数で動く職員の負担軽減の双方を両立させるため、運用方法の大胆な見直しが行われた。
門間さん: 東日本大震災は廃棄物処理がメインの広大な平野部での災害でしたが、能登半島地震は里山や半島特有の細い道が多く、土砂災害によって道路が寸断されれば完全に孤立してしまいます。地理的条件が異なる中で全国と同じスピード感で一律に復興を進めるのは難しいという現実がありました。復興が想像通りに進まないことで住民の方々も言葉に尽くせないほどのご不安や葛藤を抱えられていたはずです。その中で、私たちは可能な限りお話を聴いて、住民の方々の意向に沿った形での対応を常に心掛けていました。
田中さん: 窓口で住民の方から「私の家は全壊なんだ」とお話を伺う際、対応する役場の職員側も自ら被災している者が多く、同じ被災者としての意識を持って向き合って限られた時間の中で一人ひとりと深く向き合っていました。

そのような中、予約なしで受付をすると、業務そのものが完全に止まってしまう可能性もあります。職員の多くも被災者でしたので、住民の皆さんの不安に寄り添う中で、1、2年が経って落ち着いたときに心身の不調を訴える職員が出るほど、現場も精神的に疲弊していました。少しずつ体調を気にかけながらも、冷静に対応できる仕組みが必要だったのです。
田中さん: そこで、熊本の災害対応を経験された応援職員の方からのアドバイスを忠実に守り、受付は完全事前予約制としました。一人に対して最低1時間をかける専用コーナーを設置し、さらに専用ダイヤルを設けて窓口を完全に一本化したのです。石川県、財務局、環境省など、全国から応援に来てくださった受付専門の自治体職員の皆さんに仕事を切り出し、役割分担を明確にできたのも、この「事前予約制・窓口一本化」の仕組みをきっちりと守りぬくという強い決断があったからこそです。まずは罹災証明の受付を行い、別の部署が担当する罹災判定をもとに、復旧か解体かの判断を丁寧に進める体制が整いました。
週1回の進捗管理会議による協働と、宗重商店のANDPAD活用がもたらした自治体側のメリット
穴水町役場が実践した具体的な取り組みで重要だったのは、民間企業である株式会社宗重商店が平時からANDPADのデータを、行政側の審査・管理プロセスへ間接的に応用し、組織を跨いだ分業体制を確立した点にある。公費解体事業は、石川県構造物解体協会が一括元請けとなり、その中で宗重商店が穴水町のブロック長を担当した。
田中さん: 3月までにかかった費用を4・5月に支払わなければならない行政上のルールがあり、5月末という支払期限に向けて非常にタイトな予算管理が求められる状況でした。穴水町の財政担当は、いつ国からの補助金が入ってくるのかと頭を抱えており、町の財政として手元資金が厳しい中で請求ミスを防ぐためのダブルチェックは膨大な作業量でした。
門間さん: 支払に関しては、協力会社さんを抱える企業のためにお金が滞らないよう、宗重商店さんたちが作成する完了台帳をベースに、毎週1回、環境省、県、穴水町職員、派遣職員、そして施工を担う民間企業が役場に一同に会する進捗管理会議を仕組み化しました。毎回「ここがうまくいっていない」「こういう問題があった」と各分野に対して役場の職員が確認し、課題をその場で突き合わせ、役割分担を明確にしていったのです。
自治体側が直接ANDPADの環境に入って操作していたわけではありません。しかし、元請企業である宗重商店さんが平時から日常業務で使い慣れていたことが、結果として自治体側に大きなメリットをもたらしました。

協力会社さんには、ANDPADを必ず利用してもらうことを条件にし、「ANDPADを介してコミュニケーションを取る、報告を上げる、写真で記録を残す」ことを徹底されていた宗重商店
門間さん: 宗重さんが写真を共有していたことで、図面だけでは判別が難しい、似たような被災家屋が並ぶ現場でも、黒板付きの写真が添付されているので写真を見たらすぐにわかります。これが確認業務のスピード感にもつながりました。完了工事件数は約3,000件にのぼり、管理は大変だったと思いますが、この作業スピードの向上が支払の速さにつながり、協力会社さんにも確実にお金を支払うことができたのです。当時は行政側もそこまで余裕がありませんでしたが、宗重さんは災害前から活用していたからこそ有事でも使いこなせたのだと思います。他の自治体でも、事前準備としてANDPADを導入しておくことは有効だと感じます。先のし尿処理の対応にしても、自治体側で「1:Nのコミュニケーション」を担えるANDPADのようなクラウドを活用できていれば、より地域復興のための自治体側の職員の動きも変わることでしょう。
さらに、地理的制約に対応するための合理的なスキームや、地域の方々に活動を理解していただくための地道な取り組みも並行して実践された。
門間さん: 田中さんが予算管理など全体的な統括を担い、私は公費解体の審査や、解体前に建物をきれいにするための衛生管理(汲み取りの調整など)といった具体的な実務レベルでの役割定義を徹底しました。また、仮置き場を維持し続けると運営コストや重機のリース代がかさむため、2025年10月末で仮置き場を閉鎖しました。その後は、自費解体等が続く中で、処理場の途中に位置する「七尾市中島地区」を中継地として災害廃棄物の一時保管を行う「積み替え保管場所方式」へ移行しました。
処分場までが近ければ経由地は必要ないのですが、一旦置く場所が必要だというのは半島特有の地理的制約に対応するための手法であり、今後の災害復旧において有効なモデルになる取り組みだと思います。
また、住民の皆さんとの関係性を構築し、地域の方々に活動を受け入れていただくため、前任の職員の発案から、町の職員、宗重商店さん、協力会社の方々が毎月合同で仮置き場周辺の清掃活動を続けました。宗重商店の皆さんが毎回積極的に参加してくださいました。穴水町の復興の力になりたいという気持ちが地域に共有され、苦情による現場の手戻りや大きなトラブルは発生しませんでした。宗重商店の協力会社さんは、被災された方に寄り添い丁寧に整地してくれるなど、非常に協力的でした。

町の職員、宗重商店さん、協力会社の方々が毎月合同で行った仮置き場周辺の清掃活動の様子。

宗重商店は、毎月の清掃活動だけでなく、穴水町の伝統行事である「長谷部まつり」にも参加し、地域住民の皆様と直接顔の見える交流を重ねています。

穴水町の公費解体に尽力された宗重商店と協力会社の皆様

リスクを分散する「事前協定」・「候補地選定」と、平時からの「データ蓄積」の重要性
インタビューの終盤、田中さんと門間さんは、今回の復興への取り組みを通じて実感した「災害対応におけるデジタル活用の本当の意味」や、自治体が平時から備えておくべき具体的な事前準備について語ってくれた。
門間さん: 廃棄物関係の事前準備として、まず仮置き場の候補地の選定を平時から行い、計画を現実的なものにしておくことが重要です。いざ災害が起きると、人が住むための仮設住宅の建設などが最優先されます。土地が一つしかないとどちらを優先すべきかで組織内の議論が停滞してしまうため、優先順位を考慮しつつ、候補地は多めに複数選定しておく必要があります。また、近隣自治体が同時に被災した場合、石川県全体が災害を受けていれば近隣からの迅速な支援は難しくなります。そのため、被災エリアが重ならない「遠隔地(近隣県以外)」の自治体との災害支援協定や、民間企業(ドラッグストアなど食料品・医薬品を扱う企業)との協定を平時から結んでおくことが決定的に重要です」
さらに、公費解体における受付業務や会計処理に何人必要かという組織体制、支援職員の役割分担までを平時のうちにテンプレート化しておくべきです。ノウハウのない有事のパニック時に、一から仕事を切り出すのは困難です。例えば「有事の際、宗重商店のような解体事業者の公費解体プロセスにおいて、住民からの専用ダイヤルでの電話対応と受付は県外のこのチームが担う」といった、具体的な業務レベルでの役割定義を平時に終わらせておくことが、初動の迅速性を分けます。

門間さん: そして、デジタルで「データを残す」という行為の重要性も、今回の大きな教訓です。現在、穴水町は公費解体が節目を迎え、災害公営住宅を建築している最中ですが、復旧・復興には10年以上の長い時間がかかります。その道のりの中で、当時現場で業務に関わったプロパー職員や応援職員は、人事異動や派遣期間の終了によって必ず現場からいなくなります。5年後、10年後に当時を知る人が誰もいなくなっていても、誰が、いつ、どの現場で、どう判断して動いたかのプロセスがデータとして残っていれば、次の災害時の再現性を高め、過去の災害から学んで検証し、未来の復興スピードを劇的に変えることができます。保管スペースの削減や、遠隔での共有・研修会への活用といった面でも、平時からデータを蓄積しておくリスクマネジメントの価値は極めて高いと言えます。
公費解体完了という大きな節目を終え、穴水町は現在、次の復興のフェーズへ進んでいる。
田中さん: 穴水町は、立地的に輪島に行くにも珠洲に行くにも環境省の方が顔を出してくれる場所であり、対面で最新の情報が入りやすかったことも強みでした。小さな町組織だからこそ、職員間の顔の見える関係や課を超えた連携、それによる相談のしやすさがあったと感じています。
私たちは今、住民みんなが参加して暮らす町を最終ゴールとして目指しています。「災害に強いまちづくり」「地域コミュニティとなりわいの再生」「魅力ある子育てと教育の環境づくり」「奥能登の玄関口再生」という4つの柱(※)を掲げ、住民の声を聞きながら取り入れ、それぞれが誇りを持てるような町づくりを、これからも皆さんと共に目指していきます。
(※)参照:「令和6年 能登半島地震穴水町復興計画」p4,穴水町https://www.town.anamizu.lg.jp/uploaded/life/105649_116395_misc.pdf
門間さん: 震災後、人口が流出しているという課題はありますが、これから新しく小学生、中学生、高校生の意見を取り入れたまちづくりを進めてもらえたらなと、外から来て感じていますし、この町には確かな希望があります。

他県からの支援職員の提案と、穴水町職員の決断によって進めた穴水町の公費解体に向けた取り組み。有事の混乱を想定し、被災エリアを跨いだ「遠隔地との災害協定」や「仮置き場候補地の複数選定」、そして「具体的な業務レベルでの役割定義」を平時に終わらせておくことが重要だという知見を提供いただいた。
また、宗重商店が平時から使い慣れているANDPADのデータが、有事において行政側のチェック業務や品質管理を強力に下支えした事実は、これからの防災における新しい協働の在り方を示している。穴水町が能登の地で残したデータと運用の知見は、これからの時代における自治体の防災体制構築を支える強固なデータ基盤となるはずだ。
| URL | https://www.town.anamizu.lg.jp/ |
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| 所在地 | 石川県鳳珠郡穴水町字川島ラの174番地 |















