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建設業・製造業をあらゆる角度から支え、新たな価値を創造する「ジャンボびっくり見本市」。その第50回目が先日、2024年4月に開催されました。
本記事では、2024年4月19日、東京ビッグサイトにて開催された「第50回 ジャンボびっくり見本市」のなかで開催されたセミナー及びパネルディスカッションの内容をレポート。
2024年4月から施行された改正労働基準法、そこから見えてくる建設業の将来とは。また、実際に建設業の現場で日々働く電気工事士、左官職人、大工の3名の女性技能者を迎えたパネルディスカッションからは、業界全体の技能者定着に向けた一つのヒントが見えてきました。
第1部 セミナー「2024年問題から考える建設業の将来」
第1部の蟹澤さんによるセミナーでは、いよいよこの4月から始まった働き方改革、それに関連して求められる生産性向上などの取り組みについてお話しいただきました。
2024年3月にはCCUS就業日数経過措置が終了、2024年4 月施行の改正労働基準法に加え、改正安全衛生規則の施行、2025年4月には改正建築基準法の施行など、建設現場へはさまざまな影響が及ぼされます。
こうした制度整備の状況と、現場の実情とを照らし合わせ、「まさに『正直者が馬鹿を見る』という状況になっている」と蟹澤さんは警鐘を鳴らします。
「真面目にやればやるほど、経費がかかる状況。真面目な会社が淘汰され、不真面目なところが残るようでは、この産業は持たないなと感じる」(蟹澤さん)
また、建設業の担い手不足という観点からも、ショッキングな現実が次々と会場に突きつけられます。
「2045年、いまから20年後くらいには、建築技能労働者は、2020年の半分になる」
「机上の空論ではなく、むしろ甘めの予測です。必ずこうなると思っていただいてよいでしょう」
「若い人が入ってこなくて担い手がどんどん減っている。担い手の減少が止まる余地はどこにもない」(蟹澤さん)
では、建設技能者の確保を難しくしているのはどんな理由なのか。蟹澤さんは「問題は一つではない」と言います。
「建設業は3K(きつい・汚い・危険)というイメージが払拭できていない」
「就業規則が整っていないため、求人票すら出せない」
「大手ゼネコンが高卒採用を始めるなど、中小企業にとって厳しい状況に」
「いざ入職してみても、仕事は見て覚えろ!?10年で一人前!?何のために働くのかわからなくなる」(蟹澤さん)
こうした状況を解決するための一つとして、2024年4月からの働き方改革に取り組むべきだと蟹澤さんは主張します。そしてこのことが、「女性が建設現場で働きやすくなっていくことと繋がっていくはずだ」と。
「建設業特有の問題が、就業前の残業(いわゆる早出残業)」
「時短勤務やフレックスタイムの可能性(特に子育てをする世代にとってのクリティカルパス)」
「朝礼問題(朝の一斉朝礼参加は必須か?)」(蟹澤さん)
「産前産後休業」「育児休業」など、働きながら子育てをする上での制度は整ってきているという見方もできるでしょう。しかし、たとえば「産前産後休業」は「産前の6週間」「産後の8週間」が対象期間(*)であり「オフィスワーク前提の制度設計になっている」と蟹澤さんは言います。
*「産前産後休業(産休)」とは、母体保護の見地から認められている休業で、労働基準法で定められています。休業日数は、産前は出産予定日を含む6週間(双子以上は14週間)以内で、出産予定日よりも実際の出産日が後の場合はその差の日数分も産前休業に含まれます。産後は8週間以内です。
公益財団法人生命保険文化センター「ライフイベントから見る生活設計」, https://www.jili.or.jp/lifeplan/lifeevent/800.html (2024年5月1日参照)
職人という仕事が「体力のピーク=稼ぎのピーク」になっており、「培ったノウハウが稼ぎに跳ね返ってくる仕組みになっていない」といった問題提起もありました。
第2部 パネルディスカッション「制度と女性の定着」
第1部の蟹澤さんによるセミナーの内容を受け、第2部では、「制度と女性の定着」というタイトルでパネルディスカッションを実施。パネラーは以下の4名です。
蟹澤 宏剛 氏 ・・・ 芝浦工業大学 建築学部 教授
石川 由希恵 氏 ・・・ 一般社団法人女性技能者協会 代表理事 / 電気工事士
平山 美貴 氏 ・・・ 左官職人
柳原 万智子 氏 ・・・ 大工
ここからは、当日のディスカッションから一部抜粋してご紹介します。
2024年問題を女性技能者はどう受け止めている?
石川さん: はじめに、私が代表理事を務める一般社団法人女性技能者協会についてご紹介させてください。当協会は、2021年、クラウドファウンディングを経て立ち上げた団体です。現在、会員数は約80名で、建設業の未来に貢献するために、「女性」という切り口で様々な活動に取り組んでいます。
一般社団法人女性技能者協会の公式HP(https://www.tradewomenjp.com/ )。インスタグラムでも定期的に情報を発信している。
石川さん: 私自身は、電気工事士として20年以上従事してきました。実は昨年の12月に出産したばかりで、現在育休中です。今日はシッターさんにお願いして、子どもを見てもらっています。
電気工事士として仕事を始めた当時は、お金のことも何もわからないまま、いわゆる一人親方として5年ほど働いていました。その後、会社に雇用してもらい現在に至ります。暗い現場に明かりが灯った瞬間、みんながワッと喜んでくれる瞬間がとにかく楽しい! ライスワークがライフワークになっていました。
一般社団法人女性技能者協会 代表理事、電気工事士 石川由希恵氏
平山さん: 私は現在、東京で左官屋として仕事をしています。2007年に起きた能登半島地震のボランティアで輪島に行ったことがきっかけで、左官屋になりました。当時は日本庭園の勉強をしていたのでまさか自分が左官職人になるとは思いませんでしたが、ボランティアのなかで周囲の人たちが語っている「土壁の美しさ」が何なのかわからなくて、それを知りたくて、左官職人の道を歩むことになりました。今は、結婚・出産をして子どもが2人います。
左官職人 平山美貴氏
柳原さん: 私は北海道で大工として働いています。小さいときから自然や森が好きで、大学では林業を学んでいました。大学院にも進んだのですが、研究に行き詰まり……就職すると多くの人は「人に指示をする立場」になると思いますが、「私は何かを自分でつくりたい」と思ったので、木を加工する大工さんがいいんじゃないか?と大工になることを決めました。大工を育成している会社をネットで探し、連絡をしてインターンで受け入れてもらい、就職しました。現在はそちらを退職して、次の就職までの空白期間中です。時間があったので、東京に来ました(笑)。
大工 柳原万智子氏
石川さん: ありがとうございます。さて、早速「2024年問題」ですが、この問題、率直にどう受け止めていますか?
平山さん: 私自身が古い徒弟制度の中で育ってきたこともあり、私たち職人という職業が、他の多くの職種の人たちと同じように働けるようになるのは、非常に働きやすくなるなと驚きとともに受け止めています。正直、週に2日休みたいと思ったこともなかったほどなので……就業時間が決まるなど「守られる」のがいいなと思いつつ、「一つのものを突き詰めていく“日本人のいいところ” が薄れて均一化されていってしまうのではないか」という、一抹の不安も感じています。そういう意味で「ずいぶん変わるんだな……」というのが正直な感想ですね。
石川さん: そうですね。私も特に仕事を始めた頃は「早く覚えたい、なんでもやってみたい!」という気持ちだったので、ギャップを感じている技能者の方ももしかしたらいるかもしれないですね。
平山さん: 両方の気持ちがあるんですよね。たとえば私は2人の子どもがいますから、保育園へ送ることなどを考えると朝礼には間に合わない。なので、大規模な現場には入れません。現場の規模に関わらず、かつて朝礼に遅刻してしまったときにはペナルティ(罰金)の話も出て、育児をしながら仕事をするのは難しいなと思うこともありました。そういった観点からは、業界全体として働き方が改善されていくことは好ましいと思います。
石川さん: 先生、このもどかしさ、どうしたらいいでしょうか……
蟹澤さん: 修行中のそういう気持ちと、一人前になってからの気持ちは、分けて考えたほうがいいかもしれないですね。たとえば外国の事例でいうと、入職してから3年間は、平日は現場で仕事をしながら休日は勉強や修練の時間にする。その勉強にかかる費用は免除される、という考え方があります。
日本でも、警察官や消防隊員、自衛隊員だったら働きながらトレーニングをしますよね? それと同じで、社会にとって必要な職業に就くための修練には、社会全体でお金を払い支援していくという考え方もあってもいいと思います。目標を持っている個人を、行政や仕組みの側からサポートできるようになっていくといいですよね。
「女性だから」「若くないから」と制限を設けることをやめよう
柳原さん: これは女性に限らない話ですが、これまで、「大学に入って大工かよ」という言葉を向けられたことがあります。でも私自身、この仕事を経験してみて思うのは、「大工はすごく頭を使う」ということ。「大卒の大工」が下に見られる風潮には疑問を感じます。「大卒の大工」も当たり前にアリなんじゃない? って、世間的にもなったらいいなと。
石川さん: 最終学歴に関わらず、気になったときに気軽に足を踏み入れられる雰囲気があったらいいなと思いますよね。
平山さん: 私も大学を出てから左官職人になりましたが、「二十歳を過ぎたら遅い」といろんな職人さんから言われましたね……「女性は向いてない」とも言われました。「始めるなら若ければ若いほどいい」というのは、実際そうだと思うんですよ。でも、社会人をリタイアしてから来る人もいるし、アルバイトとかワークショップを入口に来る人もいる。もっと間口が広がっていくといいなと思います。
蟹澤さん: 先ほどお話しした「体力のピーク=稼ぎのピーク」という話と繋がる話題ですね。現場で研鑽して身につけたスキルを活かして、現場から設計に移っていくとか、そういった流動性が出てくるといいなと思いますね。実際、現場監督に代わって現場管理をやっていたり、品質管理をやっていたりすることもあるでしょう。それも仕事だ、と認めてもらえるようになるといいですよね。
社員大工の育成に取り組んでいる相羽建設株式会社では、年配の大工や職人が長期的に安心して働ける環境づくりに取り組んでいる。高所作業は危険が多く、体力も低下していくため、加工場で家具製作をしたり、後進大工の育成に取り組んだりと、多様な役割を設けることで長期的なキャリアプランを描けるようになることを、相羽社長は大切にしている。
子育てと仕事の両立を後押しする、建設現場の実情にあった制度が必要
石川さん: 先ほど冒頭で、昨年12月に出産したとお話ししたのですが、妊娠がわかったのはちょうど1年前くらいで。女性技能者協会の活動を通じて、出産を経験した女性の技能者さんからいろいろなお話を聞いていたおかげもあって「自分も臨月まで現場に出れる!」と思っていたんですね。ただ、社長には「現場に出すことはできない」と言われました。「俺はお前を守る責任がある」と。確かにその通りだなと、ある意味浮かれていたことをすごく反省しました。その後、社長はすぐに休職の手続きをしてくれて、私は休職したんです。
私の会社は、社長と私だけの小さな会社です。職人は「現場に出てなんぼ」の職業。そんななかで私が個人的な理由で休職することになり、会社としての収入が減るなか、休職している私の保険料などを会社が引き続き負担し続けてくれました。それは、私が安心して産休や育休を取れるように、そして育休後にまた戻ってこれるように、と社長が考えてくださったからこそです。このことに関して、私は社長に本当に感謝していますし、同時に現状の制度の不十分さも痛感しました。
この業界で働きたい人が、この業界に居続けることができるために、必要な制度をぜひつくっていただきたい。たとえば育休手当を前倒しで受給できるとか、会社員ではなくても守られる仕組みがあるとか、考え得ることはたくさんあります。
どんな女性でも、好きなことと子育てを両立できるように、制度の充実を求めます。
柳原さん: 制度の充実とあわせて、私たちから声を上げていくことも大事ですよね。それこそ業界内で横の繋がりをもっと強く持ち、「この会社がだめならそっちの会社で少しの期間働く」とか、そういうことができてくるといいですよね。
石川さん: そうですね。私は今年の12月に職場に復帰予定なんですが、子どもを預けながら現場に行けるのか!?と今から不安で……2人のお子さんを育てている平山さんは、どうしてますか?
平山さん: 実は最近仕事のスタイルを変えたのですが……以前は、朝5時ごろに家を出て、帰宅は19時、遅いと21時を回ることもあるような仕事の仕方をしていました。幸いなことに夫が在宅勤務可能な職種ということもあり、家のことや子どものことはほとんど全部やってくれていたんですね。
でも、多大な負担をかけてしまったので、これではいけないなと。それで今は、朝8時に家を出て、保育園のお迎えに行ける18-19時までの範囲内で仕事をすると決めて実践中です。
私も育児と子育てを両立するにあたっては不安が大きく、出産して復職した女性の左官職人さんがいる会社を探したりしましたが、当時は都内に1社しかありませんでした。その後、数年経って、女性技能者協会を知って今に至ります。とにかく情報が不足しているように感じます。
女性技能者協会の交流会は、定期的に開催されている。(同協会のnoteより引用)
石川さん: 少し前に、電気工事士をされていた男性の方からご連絡をいただいたことがありました。その方は、ご家庭の事情でどうしても融通の効く仕事に変えなければならず、仕事から離れる決断をしたと。でも、電気工事の仕事がすごく楽しくて大好きだから、いつか戻ってきたいんだ、とおっしゃっていたんですね。それを聞いて、これって女性だけの問題じゃないんだと改めて思ったんです。子育てと女性はなにかとセットで捉えられがちですが、実はもっと大きな、社会全体の問題なんですよね。みんなが自分ごと化できるように考えていけるといいなと思いました。
技能者定着の問題解決は「自分ごととして考えることから」
以上、セミナー及びパネルディスカッションの模様をお届けしました。
最後に石川さんが言ったように、この問題はあくまで切り口の一つとして「女性」があるのであり、本当のところは社会全体で真剣に取り組んでいくべき問題なのだと思います。同時に、「女性には向いていない」と直接的な言葉をかけられたり、制度に阻まれて思うように働けないなど「女性なのに・子育てをしているのに働くの?」という間接的なメッセージが社会に存在していることもまた事実です。この問題は建設産業にとどまらず、女性がこの社会で働き続けていくことと地続きの世界の話でもあるでしょう。
ここから私たちにできることは何か。
みなさんの会社で、組織で、チームで、取り組んでみたことがあればぜひ教えてください。