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幕開けと共に「働き方改革」の規制がスタートした2024年度、建築・建設業界には、課題が山積みです。ANDPADの調査では、時間外労働の上限規制への認知は広まり、改善策としてのDXに取り組む企業も増えています。本記事では、DX JOURNAL創刊号のイントロダクションの掲載内容から抜粋して、「建設業界の働き方」を軸にお二人の有識者からの声をお届けいたします。
2017年度 慶應義塾大学法科大学院教員(担当科目:法曹倫理)。2018年度慶應義塾大学法学部教員に就任(担当科目:法学演習(民法))。
2020年岐阜県立森林文化アカデミー非常勤講師に就任。管理建築士講習テキストの建築士法・その他関係法令に関する科目等の執筆をするなど、多くの執筆・著書がある。
ビジネスと人権を守るために。法制度から考える、働き方のこれから
なぜ法改正が行われるのか – 秋野卓生 氏
「働き方改革関連法」の法改正の背景は「労働者を守ること」。つまり、長時間労働を見直すことで労働者の安全やワークライフバランスに配慮し、より働きやすく、安全な環境づくりを進めていこうという意図があります。
中でも、時間外労働時間の上限規制については、厳しく取り締まることが国土交通省より発表されています。実地調査を行う「建設Gメン」や住宅会社を直接訪問する「モニタリング調査」にあたる人員が倍増されていきます。法令遵守を前提にした体制が求められているということです。
労働体制を変えていくためには、まずは経営者が長時間労働と真剣に向き合う必要があります。私の知る例として、経営者が法定時間の1日8時間×5日間という時間で100%のパフォーマンスを求めてしまった結果、労働者は疲弊し長時間労働が常態化してしまう、といった例も見受けられます。そこでまず求められるのは、日常業務の効率化。どうしても時間がかかってしまう業務の一つひとつを効率的にできないか、捉え直していくこと。また現場カメラやBIMの技術で遠隔での現場管理を可能にしていくことも大切です。
今回の法改正は、労働者に対しての安全配慮が主であり、経営者にとっては「課題」と捉える方もいるかもしれません。しかし、これはビジネスにおける問題に留まらず、働く従業員の人権にも深く関わる重要なもの。仮に法令違反を続けて人的被害が発生した場合、その代償は当然ビジネスにも及び、計り知れない損害になります。「ビジネスにおける人権」は、法律界でも最も重要視されているテーマです。経営者は今回の法改正がその流れにあることを認識し、強い決意で法令遵守に取り組まないといけません。
考えるべきは、担い手不足の課題。現場から産業構造を変えていくために
自社で人材を育てていくことが、業界全体の未来につながる – 蟹澤 宏剛 氏
建設業界の担い手である“職人”は今、どのような状況でしょうか? 端的に言えばその人口は減少しており、今から約20年後の2045年には、2020年の半分にまでにまで減ると予想されています。
その一方、建設業界は労働基準法や労働安全衛生規則、建築基準法の改正など改革の最中。会社がコンプライアンスを遵守し続けるためには、人材確保が目下の課題になります。しかし、いざ人手を集めようにも、就業規則が整っていないために求人票が作れず、どうにか作れても建設業へのイメージや休日の少なさなどが影響して人も集まらない……そんな話も耳にします。
こうした問題に立ち向かうために私が提案しているのは「職人の正社員化」です。従来の発注・受注の関係のままでは職人との関わり方も深くなりにくく、かつ職人の成長の機会も少ない。そのため正社員として雇用し、現場以外の時間も使って多能工の職人を育てようという提案です。
職人は身体を資本に一つの道を極める方々。だからこそ「体力のピーク=稼ぎのピーク」という流れが必然的になってしまい、体力が落ちると同じ給与を得ることさえ難しくなるという課題があります。なので、体力が落ちても他の領域へ流動的に挑戦してもらう環境を会社で用意するんです。川上では設計、川下では施工、さらには営業と可能性を伸ばせる環境を用意する。教育と実践に時期を分けて繁閑調整することも可能ですし、ANDPADのようなツールを使って、空いた時間でスキルを伸ばしていくこともできます。
こうした変化によって職人は成長し続けられるうえ、多能工は会社の付加価値になり、お客様の満足度向上にもつながる。すると、職人の処遇改善もしやすく、人材も確保できる。人的な余裕が生まれれば産休や育休などの制度を実施できる可能性も拓け、人手を集めやすい好循環ができていく。業界全体に大きな構造改革が求められる中、工務店には今後このような変化が求められていくのだと思います。
※本記事は、2024年8月発行の『DX JOURNAL by ANDPAD ONE』創刊号からの転載記事です。