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会津建設|大工育成は、経営戦略。職人不足の時代を乗り越える覚悟と哲学〜後編〜

大工が生き生きと働く工務店を目指して

目次

  1. 直営工事と大工内製化へのこだわり
  2. 「稼げなければ、誰もやらない」安定と成果を両立する給与設計
  3. 人命が第一。安全コストを惜しまない理由
  4. 「1日1個のメモが、自分だけの教本になる」—育成の仕組みと“親方”の役割
  5. 育成の先に見据える、次なる一手

「職人不足は外部環境のせいではない」。そう断言し、10年以上にわたり社員大工の育成に真正面から取り組んできた、会津建設株式会社。

前編では、入社1年目の大工が実践から学ぶ「訓練棟」の様子と、そこで育つ若手たちのリアルな声を紹介した。

後編では、この類稀な人材育成戦略を一代で築き上げた代表取締役社長 芳賀一夫さんに、その哲学と具体的な制度設計について深く伺った。なぜ「直営工事」にこだわるのか。「稼げる大工」を実現する独自の給与体系とは。そして、「安全の徹底は経営者の仕事だ」と断言する、その真意に迫る。

芳賀 一夫 氏
会津建設株式会社 代表取締役
大学で建築学と土木工学を専攻し、卒業後、同社に入社。2015年、同社の二代目として代表取締役就任と同時に、社員大工の育成戦略を本格化させる。スポーツ指導員の資格も持ち、安全と教育を経営の核に据え、職人不足という業界の課題解決に挑んでいる。

直営工事と大工内製化へのこだわり

会津建設は、福島市の県北エリア(中通り)を主な商圏とする建設会社だ。福島県は、阿武隈山地、奥羽山脈、越後山脈という3つの山地があることで、会津・中通り・浜通りという3つのエリアに分かれ発展してきた。それぞれに気候や市場特性が異なる。

同社が現在直面する市場トレンドは、新築需要の減少とリフォーム需要の増加だ。現在、同社の受注比率は新築:リフォーム = 3:7となっており 、商圏に多い木造軸組工法の住宅を適切に改修できる、高度な技術を持った大工が不可欠となっている。

「社内大工の育成と環境整備」は、まさにこの市場ニーズに応え、品質を担保するための経営戦略なのだ。同社は年間40棟の新築住宅や中大規模木造建築も手掛けるが、その全ての事業の根幹にあるのが、徹底した「直営工事」へのこだわりだ。基本商圏は県北エリアだが、OBからの紹介などで、東京や千葉といった遠方から依頼があった場合でも、宿泊費や交通費を含めたコストについて施主の理解が得られれば、必ず自社の社員大工が施工する。

芳賀さん: 県外のお客様からお話をいただくこともありますが、その場合も必ずこちらの大工職人が現場へ行きます。出張費を合わせた金額をご提示し、ご納得いただければお受けしますが、現地の大工職人さんを探して下請けでやってもらう、ということは絶対にしません。大工さんの技術は本当に千差万別で、技術の融合というのは非常に難しいんです。それをやってしまったら、当社が保証すべき施工品質を提供できなくなってしまいますから。

会津建設株式会社 代表取締役 芳賀一夫さん


同社のルーツは材木屋であり、今も自社で製材所やプレカット工場を持つ。芳賀さんが現在の立場である代表取締役に就任したのは2015年。大学で建築と土木を学び、新卒で同社に入社した。芳賀さんが、自身の代になって最も力を注いできたのが、社員大工の育成だ。

この「人材育成」という未来への投資を強力に後押ししたのが、東日本大震災後の除染や建設による復興特需で蓄積された内部留保だ。芳賀さんは、その内部留保の使い道として、設備投資なども選択肢にあるなかで、あえて「人材」に振り向けるという経営判断を下したのだ。

芳賀さん: 父の代である平成元年(1989年)から、福島県認定の職業能力開発校として大工職人の育成を行っていました。私の代になってからは、毎年3名ほどの高卒生を大工として採用しています。今、11年目の者が1人いますが、その者であれば、一般的なハウスメーカーさんが建てるような住宅なら1人で建てられる技術を持っています。

入社1年目の若手大工が中心となり取り組む「訓練棟」の様子

現在、会津建設の社員数は約70名(取材時点)。そのうち、自社大工は25名を数える。11年前から採用を開始した若手・中堅の社員大工は18名にのぼり、18歳から29歳の若者たちが日々技術を磨いている。

同社の手厚い育成体制は、1年目の専属指導員1名に加え、現場での指導を担う40代〜60代のベテランの親方たちによって支えられている。

芳賀さん: 1年目の指導員1人では、マンツーマンで教えなければならない時に手が足りなくなることもあります。その時は、引退した70代のOBの方にアルバイトとして指導を手伝ってもらっています。危険なことは一切やらせず、現場での指導をお願いするんです。昔はものすごく厳しかった親方たちでも、今の若手の子たちは年齢的には孫のような存在。それもあってか、優しく教えているのを見ると、なんだか面白くもあります(笑)。

 

「稼げなければ、誰もやらない」安定と成果を両立する給与設計

会津建設が若手大工を惹きつけ、定着させている要因は、手厚い教育体制だけではない。そのユニークな給与・評価制度にある。同社の大工は月給制だが、単なる固定給ではない。「請負」の要素を組み合わせたハイブリッド型だ。

芳賀さん: いかに給与を高く設定できるか、という点は絶対に外せません。それがなくなったら、大工をやる人なんていなくなってしまいますよ。考えてみてください。きれいに働いて、仕事が終わったらそのまま飲みに行けるような仕事のほうが、今の若い子たちはかっこいいと思うでしょう。汗まみれ、ゴミまみれになって働いて、稼ぎが同じだったら、誰もやりません。 

「ものづくりはかっこいい」と言うのは簡単だが、シビアに考えれば、結局は稼げなければ大工職人は育たないし、残らない——これが芳賀さんの持論だ。

芳賀さん: 実際に、大工の離職は若い世代だけではありません。国のデータでも出ていますが、30歳から35歳になる層もかなり辞めているんです。なぜか。汚い、危険、厳しい仕事をしているのに給料が安いからです。子どもが大きくなってくると、奥さんから「私がパートで年100万稼ぐから、あなたはもう少し楽な仕事に替えたら?」と言われ始める。老後を一緒に楽しめなくなる危険度の高い職場で無理して働くくらいなら、給料が下がっても楽な仕事のほうがいい、と。そう言われて辞めてしまう人が多いんです。 

▼年齢階層別建設業就業者数の推移

出典:「年齢階層別建設業就業者数の推移」(建設業デジタルハンドブック)https://www.nikkenren.com/publication/handbook/chart6-4/index.html#link18
過去20年で、中核となる30歳~49歳の層が、約238万人から約177万人へと大きく減少している。これは、若手が入職しても、30代・40代の中核層として定着する前に流出してしまっている可能性を示唆していると言えるだろう

この現実に対し、会津建設が設計したのが「安定(月給制)」と「成果(賞与)」を両立させる仕組みだ。まず、月給制の固定給によって、社員の最低限の生活の安定を保証する。これにより、安定を求める新卒・若手の人材を確保しやすくなる。そのうえで、現場ごとに設定された労務費に対し、効率的に作業を進めて工期を短縮するなどしてコストを圧縮できた場合、その浮いた分(=生み出した付加価値)は、賞与として大工に還元される仕組みになっている。

芳賀さん: 大工という仕事は、昔から請負で “稼げる” 仕事でした。その良さを残しつつ、安定も担保する。この仕組みが、大工職人としての意地や誇りを支えると信じています。

同社では、大工が購入した道具の費用も会社が立て替える。働きやすい環境を徹底的に作り上げている

 

人命が第一。安全コストを惜しまない理由

同社の経営哲学が色濃く表れているのが、「安全」に対する圧倒的なコミットメントだ。前編で紹介した訓練棟の徹底した安全対策は、全現場のスタンダードでもある。

芳賀さん: 十数年前、当社で40数年のキャリアを持つベテランの大工が現場で転落事故を起こしました。幸い命に別状はなく、腕のギプスだけで済みましたが、あの経験がターニングポイントになりました。やり方を変えなければ、事故は必ず起こる、と。

この事故をきっかけに、同社は行政の指導も受けながら、下の階から徐々に上へと進めていく施工方法に切り替えるなど、安全基準を全面的にアップデートさせた。

芳賀さん: 「安全対策を徹底するとコストが上がる」と言う経営者の方もいますが、「職人の安全とコストを天秤にかける」という発想自体が私にはありません。事故を起こして、万が一死亡事故になったら、その住宅をお客様は引き取ってくれますか? 2,000万円、3,000万円の契約がすべて白紙になる。会社が傾きますよ。それを考えたら、コストだの工事代だの言っている場合じゃない。

「大工が嫌がるから、うちはフルハーネスをやっていない」と聞くこともありますが、それも話が違います。「社員を守るためにやらなければならないこと」をやらせるのが、経営者の仕事じゃないですか。

芳賀さんの言葉は、熱を帯びる。

芳賀さん: 怪我は治せても、亡くなってしまったらもう何もできない。本人は良かれと思って働いていた会社が、亡くなった社員の家族にとっては「敵」になるんです。お客様にとっても、「家づくりをお願いした会社」ではなく「敵」になる。「実はこの家、建設中に職人さんが亡くなったんだ」なんて、喜んで話すお客様はいません。

当社には結婚したばかりの若い者も、これからの未来がある18歳の者もいる。彼らの将来を、事故で無くしてしまうことだけは、絶対にあってはならない。自分の息子がよその会社で働いて、命を落として帰ってきたらどう思うか。そんな世界は絶対ダメなんです。だから、そこにコストの話を持ちかけること自体が、私から言わせればナンセンスです。

 

「1日1個のメモが、自分だけの教本になる」—育成の仕組みと“親方”の役割

「稼げる制度」と「万全の安全対策」。この両輪が、会津建設の大工育成を支えている。同社が毎年3名の採用にこだわるのにも、明確な理由がある。

芳賀さん: 1年目の時って、ぶつかる壁はだいたい一緒なんです。ゴールデンウィーク明けやお盆明けに、会社に来なくなる子が出てくる。これが、1人だけの採用だった場合、その子が辞めたら終わり。2人採用していた場合、もう1名も引きづられることが多い。でも3人いれば、たとえ1人が辞めても、残り2人が「大工になりたい」という夢を持っていれば残るんです。だから、社員大工採用は同期3人というのが最適だと考えています。


同社には、1年目から10年目までの習得技能や推奨資格を明記した、詳細な「大工育成カリキュラム」が存在する。

同社の大工育成カリキュラム(HPより抜粋)


前編でも紹介したように、1年目はまず座学で道具の扱い方や手板(ていた)の書き方を学び、自社加工場で墨出しと木材加工を実践する。10月から訓練棟の着工に入り 、翌春には新入生と共にその解体作業も経験する。この1年間の体系的な基礎研修を終え、2年目からはいよいよベテランの親方について実際の現場に入りOJTを通じて学んでいく。ここから、前述の「ハイブリッド給与制度」が本格的に機能し始める。

芳賀さん: 2年目から数年間は、労務費を圧縮する手早く丁寧な仕事によって親方が受け取った賞与(付加価値分)のうち5〜15%を、その親方の下にいる若手が受け取ります。その次のステップ(中堅)になれば、親方が受け取った賞与のうちの10〜25%が受け取れる。「5〜15%」ないしは「10〜25%」という決められた枠のなかで、実際にどのくらいの割合で渡すかどうかは、若手を見ている親方が判断する。私たち経営側が評価するのは、家全体が良くできたかどうか。若手一人ひとりの技術的な評価と賞与の按分は、現場を一番よく知る親方に一任しています。 


ただし、丸投げではない。そこには親方の評価者としての責任が伴う。

芳賀さん: 親方たちには常々言っています。「いい加減な評価をしていると、この子たちが10年後、15年後に一端の棟梁になった時、今度は自分たちが年を取ってその下につくことになる。その時に同じように適当な評価をされてしまうよ」と。年齢を重ねれば、誰しも第一線で第一級の仕事を続けることは難しくなる、という現実を親方たちに理解してもらうことが重要です。親方たちが “いつまでも第一線ではいられない” ということを自覚し、その意識を持つことで、自ずと未来の自分たちを支える若手への指導方法も変わってきますし、冷静に、正しく評価できるようになっていきます。

さらに、親方の「癖」が若手に移ることを防ぐため、意図的な配置転換も行う。

芳賀さん: 親方の技能はもちろん、性格や段取りの仕方まで、いろいろな「癖」が良くも悪くも全部移ってしまう。手の抜き方から、挨拶の声の小ささまであらゆるところに「癖」は出ます。だから、3年目くらいで別の親方につけるようにローテーションしています。 


育成の仕組みは、評価制度だけではない。芳賀さんが若手大工たちに伝え続けている、シンプルな習慣がある。

芳賀さん: 当社は年間休日が105日なので、働くのは年260日です。だから「1年260日、1日に最低1個でいいから、自分が分からなかったことをメモに取りなさい」と言っています。「わからなかったことが、わかるようになった」でもいい。それが1年で260個、10年経ったら2,600個の技術メモになる。それが、将来自分たちが親方になった時の、世界で一つだけの実践に基づいた指導教本になるんだよ、と。 

当社では、下に人がつかないと親方にはなれません。いざ後輩がついた時、そのメモを見返せば、「ああ、自分も2年目の時、これが分からなかったな」と思い出せる。これは文科省もどこも作っていない、自分だけの財産になるんです。 

そして、親方として若手を指導する立場になった大工には、「指導員免許」の取得を促す。

芳賀さん: 18歳の子どもさんを送り出す親御さんの気持ちになれば、当然のことです。「どんな人が教えてくれるのか」と不安な時に、カリキュラムがあることに加えて、「教える人間が、きちっとした資格を持っている」ということが、親御さんの安心と信頼に繋がるんです。


学校やスポーツの現場では当たり前に求められる「指導者の資格」という基準が、建設業界では軽視されがちだ。芳賀さん自身、スポーツの指導員免許を持っており、その視点から「建築業の常識は一般の常識とは違う」という風潮に疑問を呈す。

芳賀さん: 例えばスポーツの指導で、指導員免許を持っていない人が子どもを怪我させたら、どう保証できるのか。大工の育成もそれと一緒です。資格を持つ指導員が教えているという「当たり前」の安心感を会社が提供できなければ、大切な子どもを預ける親御さんの信頼は得られません。

こうした手厚い育成カリキュラムや指導体制に加え、若手大工がより実践的な経験を積む場として、同社は「応援施主モニター」というユニークな制度も設けている。これは、予算は抑えたいが、同社の家づくりに共感する施主をモニターとして募集し、若手大工を中心としたチームで施工させてもらう制度だ。

芳賀さん: やはり、モニター募集のような形で経験を積ませてあげないと、若手は育ちませんから。これは2020年頃から始めた新たに始めた取り組みです。もちろん「質は下げないようにする分、通常より時間がかかります」と、お客様には事前にお伝えしています。

ただ、この制度の活用は、現在では年に1件あるかどうか。近年、お客様が子育て支援など国の補助金制度を利用されるケースが多いのですが、補助金には「何月までに完成」といった時間的な制約が課されます。若手に現場経験を積ませようとするとどうしても工期が長くなるため、スピードが求められる補助金案件では、このモニター制度はなかなか採用されにくいのが実情です。国の制度でも、こうした育成の側面に理解が得られるといいのですが……。

 

育成の先に見据える、次なる一手

会津建設の挑戦は、まだ道半ばだ。芳賀さんは、未来に向けた新たな構想を描いている。

芳賀さん: 今、製材所、プレカット工場、資材置場とそれぞれ保有していますが、やや手狭になってきている状況です。そこで、郊外に工場を新設し、その場所に大工学校として、1年目の大工職人たちが学べる場も併設したいと考えています。

広大な敷地を有する同社の製材所

その構想は、単なる工場の新設ということではない。建設業と製造業の二刀流で新たなものづくり産業を創設し、大工職人たちの「働く環境」を根本から変革しようという意志が込められている。

芳賀さん: 工場をもっときれいな場所にしたいと考えています。「汚れる仕事だから、汚い場所でやるのが当たり前」という発想をなくしたいんです。会社にシャワー施設を完備して、汗だくで汚れたまま帰るのではなく、私服に着替えて、きれいな状態になって帰れるようにしてあげたいですね。

若手大工の育成にかかるコストは、決して小さくない。しかし、と芳賀さんは言う。

芳賀さん: やらなければ、大工はいなくなるんです。私たちは、若い世代が「汚れる仕事だけど、これが俺の仕事だ」と誇りを持って働ける環境を、つくり続けたいんです。

会津建設の取り組みは、単なる一地方企業の「人材育成事例」ではない。それは、建設業界の未来そのものをつくるための、壮大かつ着実な経営戦略だった。彼らの実践と哲学は、職人不足という共通課題に直面するすべての経営者にとって、確かな希望と具体的な道筋を示している。

会津建設株式会社
URLhttp://aizukensetu.co.jp/index.html
代表者代表取締役 芳賀一夫
創業1953年
本社福島県福島市南中央3丁目2番地
企画・編集:平賀豊麻
執筆・編集:原澤香織
デザイン:森山人美、岩佐謙太朗
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